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トピックス&ニュース

養鶏

みなさんは私Sが"養鶏"という趣味を持っていることをご存知だろうか?

世間では鳥インフルエンザが猛威を振るっており、社会的な問題となっている。ニワトリが大好きな私としても、報道で殺処分される光景をみてとても心が痛む。もちろん養鶏業者や発生地域の方たちの思いは計りしれないものがあるだろうと思う。

 

しかし突然ではあるが、今回は人類の歴史とニワトリとの深い関係について語りたいと思う。                         

我々の祖先が二本足で歩き始めたのとほぼ時を同じくして、一家に一羽のニワトリ飼育が始まった事については周知の事実である。

そのころ我々の祖先は狩猟を主な生業としていたため毎日の食事はママならず、洞窟での生活を日常とすることで夜は獰猛な野生肉食獣の襲撃に怯え、明日をも知れぬ生活を余儀なくされていた。

そんな最中、祖先の一人が偶然にも一羽のニワトリと出会ったのはまさに我々人類の歴史上の重要な転機の一つであっただろう。まず次の写真を見ていただきたい。


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想像してほしい。飢えと恐怖に苛まされた我々の祖先の目のまえに突如として"こんなの素敵なやつ"が現れた時のことを!

恐らくご先祖様たちはそのタップリと肉ののった姿にお腹が鳴るのと、そのポロシャツのロゴマークにも似た愛らしい姿に心癒されるのとほぼ同時だったであろう。

我々が感謝しなければならないのは、その時ご先祖様たちが幸いにも"お腹"の方ではなく"心の癒し"の方に満足してくれた事である。

なぜならその時そいつを食べてしまっていたのなら、その後地球史にはニワトリという存在は二度と現れなかった思われるからである。
 

"癒しの素"ニワトリをいつもそばに置いておくという行為によって、ご先祖様たちは初めて日常的な恐怖と絶望から解放され、心の平安を手にいれた。

そして更に驚く事に、ニワトリがもたらしたモノは"癒し"だけではなく"タマゴ"でもあったのだ!

その淡い桜色をした硬い楕円形を見てご先祖様たちが最初に考えたのは「これを使ってピンポンをしたらどこに弾んでいくのだとうか」ということであっただろう。

当時狩猟から戻ってきた男たちはアフター5をどのような遊びをして過ごすかという事に夢中だった。

もちろんピンポンという遊びは既に存在しており、旧石器時代の遊びベスト3に入るほどの人気であったらしい。

ある日、太陽の燦々と照りつける日中から狩猟にも行かずピンポンに興じている不良青年原始人たちがいた。

鉄でできた卓球台は折からの照り付けによって熱されていたが、それでも青年達は卓球に夢中であった。

そのうちある一人が「丸いボールじゃつまんないから、うちのニワトリが産んだタマゴを使ってピンポンしようぜ、ウホ」などと言い出した。

それはいいということで早速タマゴを使ってピンポンを始めたが、当たり前ように最初のサーブでタマゴは割れた。

青年達はガッカリしたが、落ちた中身は熱くなった鉄板の上でジュージューと音をたて香ばしい匂いをさせはじめたのだ。

これがその後歴史に記憶される事となった"ピンポン台の奇跡"であり、目玉焼き誕生の瞬間であった。

その後この不良青年原始人たちは原始時代初の目玉焼き専門店を開業し成功したという。

余談になるが、その子孫の一人が20世紀においてとあるファーストフード店で再び奇跡を起こし、月見バーガーの誕生に貢献した事は有名である。

こうして原始世界では目玉焼き専門店を中心に集落が形成され始め、移動型狩猟生活から養鶏食卵型定住生活へと変化したことで複雑な社会構造が生まれ、現代社会の礎となっていったのである。

このように我々人類の創成期におけるニワトリの存在的重要性にははかり知れないものがあったことが分かるだろう。

私はこれからもニワトリを愛し、大事に育てていきたい。

書いた人:thms(20110217)